@misc{oai:jrckicn.repo.nii.ac.jp:00000674, author = {MORIYAMA, Masaki and 守山, 正樹}, month = {Aug}, note = {video/mp4, application/pdf, 質的研究の意味を追求するマイクロレクチャー(オンライン講座)です。 質的研究の本質は何でしょうか? どこで学べるでしょうか。1989年にHarnisch (Delwyn Harnisch)先生と知り合い、米国中西部、コーン畑の真ん中にあるイリノイ大学に関心を持ちました。しかし先生の専門は教育心理、研究は教育評価、授業は統計学と聞き、先生のいるイリノイ大学教育学部で在外研究の一年を過ごすことに、迷いも感じました。質的研究を学べる環境か、確信が持てなかったのです。思いを試験運用中のビットネット(インターネットの前身)メールで先生に伝えました。すると10日後、航空便が届きました。中にはNicoleという表題の原稿とビデオと手紙。原稿にびっしり書かれていたのは地元の高校に通う女子高生Nicoleのインタビュー記録。ビデオはNicoleの学校への適応を話し合うスタッフ会議の録画。手紙から、Harnish先生も関わっている質的事例研究と分りました。読んで迷いが消え、イリノイ行きを決めました。 1991年8月イリノイ着。まず何をすべきかHarnish先生に相談したら、Stake (Robert Stake)先生のゼミを勧められました。Stake先生は多変量解析を駆使する心理測定の専門家としてETSとネブラスカ大学に勤務。その後イリノイに移り、質的研究を開拓された方です。 ここでETSの説明。ETSは教育評価に特化した世界最大のNPO、1947年創設、本部はニュージャージー州。TOEFL、TOEIC、GRE等の有名なテストを開発し全世界で実施と評価。IRT(Item Response Theory)などテスト理論の開発も行っています。IRTは、日本では医歯薬学部での共用試験(臨床実習開始前の学生の能力を評価する)実施理論として有名です。 Stake先生は1990年当時、教育の指導と評価に関するイリノイ大学研究センター(CIRCE)センター長。量と質の双方向から研究を主導する一方、米国の教育分野で活躍する多くの質的研究者を育てていました。 さてStake先生の質的研究ゼミとはどのようなものだったでしょうか。特に印象深かった二回について述べます。 まず第3回目のゼミ。先生は普段とまったく異なる服装で表れました。ソンブレロ、マント、ブーツ、全身がメキシコ風です。「今日の主題はメキシコでの事例研究!」と宣言し、カセットコーダーでマリアッチを流し、話が始まりました。 次に印象深いのは第5回。前週には「他のゼミとの討論」という指示がありました。しかしその学期、開講された質的研究のゼミはStake先生によるものだけのはず。では他のゼミはどこに?? 当日ゼミ室に行くと「玄関に集合!」との先生の声。玄関先のバンに受講生が乗り込み、先生の運転でアーバナ市を出て、インターステイト57(高速道路)を3時間南下し、イリノイ州の南、ミズーリ州セントルイス市に向かいました。セントルイスに着くと皆で動物園へ。夕食のピザを食べ、暗くなる頃にワシントン大学着。「他のゼミ」とはワシントン大学の質的研究ゼミのことでした! 両ゼミの紹介後、合同討論、終了は夜10時。再び先生の運転で夜半過ぎアーバナに帰着。忘れ得ない一日でした。 Stake先生のゼミから学んだ質的研究の本質は「こちらが相手の状況の中に入り込む事例研究」、まず以下の3点が大切と言われました。 1)相手を理解するために、根気強く聞き取った上での「分厚い記述 Thick Description」。   2)それを繰り返す中、霧が晴れるように「段階的な焦点化 Progressive Focusing」。 3)理解の信頼性・妥当性を上げるためには、本人(例えばNicole)だけでなく「両親・兄弟・教師・カウンセラー」など多方向からの聴取、「観察・指導記録・日記」など多方向からの情報参照が必須。多方向からの接近で事実が多角的に捉えられ「三角測量(的把握)Triangulation」がなされます。 ゼミのゴールは、受講生全員が質的事例研究を行い、結果を発表し、期末論文を書くことでした。私は結局そこまで行けず、挫折しました。しかし日本に帰ってから、質的研究をしたいと思っていたため、ある日Stake先生に相談に行きました。日本で私が行ってきた研究(思春期、手書き顔グラフ、etc.)の概要を話し「質的研究の発想を育てるために、私が読んで分る基本的な本は?」と質問しました。そのとき先生が紹介して下さったのは意外にもこの本! Ways of seeing、物の見方の本でした。 表紙には「私たちは世界を言葉で説明しようとする。しかし私たちはまず見るのであり、言葉は後に続く。私たちが見ることと知ることとは、決して完全にまとまることはない・・」との記載がありました。さらに先生は「質的研究を型にはめて考えることは無い。自分なりの主題を大切にすべきだ」と言われました。 今から20年以上前、Stake先生のゼミで学んだ質的研究の出発点を、これからの質的研究にどう活かしていったらいいでしょうか。 質的研究の目的がGrounded theoryのいう「理論構築」であるなら、テキストデータの分析は必須です。日本で研究を行うなら、もう古典的とも言える川喜田二郎氏のKJ法、最近であれば大谷尚氏のSCAT、樋口耕一氏のKH Coderなど日本人が開発した分析手法が大切になるでしょう。 一方、Stake先生のゼミでは、私は前半で脱落したため、後半で話されたデータ分析の部分を聴いていません。しかしゼミ前半の内容からすると、Stake先生は「理論構築」よりも「理解と問題解決」の方を重視されていました。イリノイの教育現場の様々な問題を理解・解決するために、分厚い記述を積み重ね、現実に迫り続けていました。研究の方向性からすると、Grounded theoryに準拠した質的研究というよりはAction researchとしての質的研究であったように感じます。 「数頁の論文」ではなく、「数百頁の本」を書くような質的研究ということでしょうか。 ジャンルは異なりますが、内田樹氏は哲学者レヴィナスの本の翻訳に関連して、以下のように書いておられます: 「翻訳者は原著者にほとんど『憑依』されている、といってよい状態になっている。仕事を終えたあとも、テクストを通じて他者の内奥に触れてしまったという感覚、私が『私の外』へ連れ出されて、未知の土地を旅したような感覚がしらばく残る(レヴィナスと愛の現象学)」 事例研究としての質的研究は、未知の土地を旅する形で、対象者の世界に入り込む研究と言えそうです。Stake先生のゼミによって、私なりの質的研究の旅がさらに深まったのだと思います。 注1: 映像中で筆者が語るイリノイ滞在期間は1990年からとなっていますが、1991年の間違いです。ご訂正ください。 注2: 映像中でSCAT を「エスキャット」と発音していますが、正しくは「スキャット」です。大谷尚先生からご指摘いただきました。ご訂正をお願いします。 参考文献: 守山正樹.質的調査・研究の可能性と意義 : I.一研究者の歩みからみた質的研究の意義 (守山正樹)}, title = {質的研究とは何か : 私が米国で出会った1991年の質的研究から意味と本質を考える}, year = {2016}, yomi = {モリヤマ, マサキ} }