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患者同士の結婚から形質が劣化する等、原因を遺伝に帰す説も拡がりました。回復期患者の社会復帰が進む一方、退院できない患者で病院が収容所化する傾向も進みました。\n\n20世紀前半\n 「痙攣誘発の薬物注射/電気ショック」「脳の前頭葉でのニューロンの病理的連結の切断手術:ロボトミー」等当初は賛同やノーベル賞受賞までありましたが、やがて廃止されました。\n 「病的素因の遺伝→社会への悪影響→排除!」など優生思想に進化論(ダーウィンによる)が歪んだ形で結合し、極論「国家が障害者を自然淘汰する」が拡がり、ナチス・ドイツの虐殺(ホロコースト)に帰結しました。\n\n20世紀後半\n 第二次世界大戦後、ナチスの大量虐殺が告発され、新たな動きが始まりました。\n 欧米で、精神病院の塀が壊され鉄格子が除かれ、患者が尊重される環境が生まれました。治療共同体の発想が進み、イギリスでは、社会生活学習の観点から感情表現や対人葛藤の制御が重視され、フランスでは、精神分析の影響を受けた治療実践が広がりました。\n\n2 精神保健の歴史、日本の場合\n\n 古代から日本では精神疾患を病と捉え、養老律令による体制下「癲狂(テンオウ/テンキョウ):狂気・てんかん・精神障害を意味する」は保護的な対応がなされました。\n 11世紀、後三条天皇内親王女の精神障害が、京都の寺で井戸水の灌滝と参籠により治療され、14世紀、「癩狂者(ライキョウ/タブルルヤマイ):てんかん・狂気を意味する」へのお灸と漢方薬の治療が始まりました。\n その後1819年には日本最初の精神病専門書、癲癇狂経験編(テンカンキョウケイケンヘン)を土田献がまとめました。\n\n 明治期: 1874年、日本初の近代的医療制度の法律「医制76条」が公布され、癩狂院(精神病院)の設置も言及されました。精神障害者についての日本初の法律は「精神病者監護法」1900年、地方長官(現在の知事)の許可を得て、精神病者監護の責任者(家族!)が「精神障害者を私宅に監置できる」としました。\n\n 呉秀三は当時、全国各地の私宅監置を視察し、欧米に比べて悲惨な精神障害者の状況を「精神病者私宅監置の実況及びその統計的観察」にまとめました。1919年、精神病院法ができ、公立の精神病院設置が可能となる一方、国の予算不足で私宅監置は続きました。\n\n 戦後: 日本の精神医療の大転換は太平洋戦争後です。欧米の考え方が導入され、精神衛生法1950年ができ、精神病者監護法や精神病院法は廃止、私宅監置は禁止されました。都道府県に公立精神病院設置が義務づけられ、措置入院や同意入院が制度化され、都道府県に精神衛生相談所の設置が始まりました。\n\n 1955-70年: 多くの民間精神病院が新設され、閉鎖・拘束性の強い民間病院への依存が強まりました。薬物療法は始まりましたが症状改善後も退院が進まず、長期・社会的入院が問題化しました。\n\n 1964年、精神障害の少年による米国の駐日大使ライシャワー氏の障害事件が起き、精神障害者の管理・医療が問題化し、1965年、精神衛生法が改正されました。保健所は精神衛生行政の第一線機関とされ、保健所等を支援指導する技術的中核機関として、都道府県に精神保健センターの設置が始まりました。\n\n 1984年、宇都宮病院で看護職員による入院患者の暴行死事件がおき、国内外から人権軽視が批判され、精神障害者の人権擁護、社会復帰促進をうたった精神保健法1987年ができました。社会復帰施設が規定され復帰が始まりました。\n\n 1993年、障害者基本法が成立し、精神障害者も障害者の中に含める考え「精神障害者への福祉」が法的に明示されました。2年後には精神保健法も改正され精神保健福祉法(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)1995年となりました。\n\n 現在、精神障害者の医療や保護を規定する法律は「精神保健福祉法」です。社会復帰や自立の支援も本来この法律が目指すところですが、近年、精神・身体・知的など障害を区別せず、全体として支援する考え方が一般化する中で、精神障害者の社会復帰や自立の部分の多くは、障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)(2013年に障害者自立支援法を改正)に移行しました。\n\n3 統計からみた精神障害\n\n患者数: \n 厚生労働省が3年毎に行う患者調査 (2011年)によると、精神科医療は入院患者が外来患者より多いという特徴を持ち、一日推計患者数は入院が28.2万人、外来が22.1万人です。入院受療率(人口10万対)は精神疾患(225)と循環器系疾患(200)やガン(120)よりも高い値になっています。\n 背景には欧米と比較して34.3万床(2012年)と多い精神病床数や、一般病床と比較して10倍以上の長い平均在院日数292日がありますが、近年の精神障害者社会復帰施策により、入院から外来への移行や退院促進が進められています。\n\n疾患別の構成割合:\n 患者調査(2011年)によると、入院では統合失調症53.9%、アルツハイマー病12.7%、血管性及び詳細不明の認知症12.1%の順です。外来では気分障害(躁うつ病を含む)28.0%、統合失調症22.8%、神経性障害・ストレス関連障害及び身体表現性障害17.8%の順です。\n\n4 地域での相談窓口と専門機関\n\n さて現在は、身近な市町村役場にも精神保健福祉の相談窓口がある拓かれた時代になりました。\n 市町村は、障害者総合支援法による福祉サービスの相談指導、入院や通院の医療費の事務、精神障害者保健福祉手帳申請の事務も行い、社会復帰や自立と社会参加への支援を進めています。\n 地域の公衆衛生活動・精神保健の中心、保健所は、精神保健福祉の実態把握や相談、訪問指導などを行います。\n 保健所を技術面で指導援助するのが、精神保健福祉法が定める精神保健福祉センター、各都道府県に1カ所あります。精神科医、精神保健福祉士、臨床心理士、保健師などの専門職員が、教育研修・調査研究等を行っています。\n\n5 入院治療時の人権\n\n 精神障害者が犯罪者のように扱われたり、精神科医の役割(精神鑑定や裁判への関与)が権限逸脱と批判される等の問題は、西欧では18世紀以前からありました。現在、わが国では精神保健福祉法が以下のように定めています。\n\n 精神保健指定医(以下、指定医): 指定医は、強制的な入院や行動制限の要否を判断し、患者の人権擁護に大切な存在です。臨床経験5年以上(精神科3年以上を含む)で、研修を終え、ケースレポートが適切とされた医師が指定されます。\n\n 入院形態: 精神障害者の入院には5つの形態があります。\n ①任意入院:患者本人の同意による自発的な入院で、入院全体の半数強を占めます。本人に病識がなく同意が得られない場合は以下の強制的入院となります。\n ②医療保護入院:保護者の同意がある場合。\n ③応急入院:急を要し保護者の同意が得られない場合。\n ④措置入院:指定医2名以上が診察し、入院させなければ自傷他害のおそれがある場合。\n ⑤緊急措置入院:自傷他害のおそれがあり、急な入院が必要な場合。\n\n 精神医療審査会: 各都道府県にある第三者機関、精神医療審査会は「措置・医療保護入院の要否」「入院患者の退院や処遇改善請求」を審査します。\n\n6 地域での生活支援\n\n1) 社会復帰支援の福祉サービス(介護・生活援助・自律訓練等)\n 社会復帰支援は、福祉の考えで行われますが、旧来の措置的な福祉ではなく、契約的な福祉が中心で、内容は障害者総合支援法が定めています。同法では、身体・知的・精神の3障害を持つ者が、どの障害でも必要な福祉サービスを得られる仕組みを作り、市町村がサービスを提供します。\n 福祉サービスには、介護給付、訓練等給付、地域生活支援事業があります。\n\n2) 精神障害者保健福祉手帳\n 精神障害のため長期にわたり生活上の制約があることを認定する制度です。手帳は市町村の窓口で申請でき、3等級があります。手帳があると福祉の手続きが簡素化され、税の優遇や公共料金割引が受けられます。\n\n3)その他の社会復帰支援活動: \n 精神科デイケアは精神科医療機関で行われる社会復帰支援プログラムです。\n 社会生活技能訓練(SST: Social Skills Training)は、障害者が日常生活の困難を乗り越えるために、生活技能の訓練を行い、患者の技能と能力を高め、社会復帰を目指すものです。\n アウトリーチは、未治療・治療中断の人に対し、専門職がチームを組んで訪問支援を行うものです。\n セルフヘルプグループは、障害からの回復や障害と共に生きることを目指してグループを作り、互いに支え合う活動です。アルコール・薬物の乱用依存のほかに、摂食障害、うつ病等でも行われています。\n\n7学校での精神障害\n\n 近年、子供の精神病や発達学習の障害に関して、多様な病態が明らかになり、学校での取り組みと治療を結びつける動きが強まっています。発達障害には、自閉症、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、などが含まれ、多くは小学校低学年で発現します。発達障害者支援法2005年により、様々な施策が行われています。\n\n8 現代の課題\n\n1) 精神医療\n 精神疾患の診断や分類は「ICD-10:国際疾病分類第10版」や「DSM-5:精神疾患の診断と統計のための手引き第5版」で行われます。統計を取る際はICD-10が、臨床ではDSM-5がよく用いられます。\n DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)はアメリカ精神学会による精神疾患の診断基準書です(DSM-1は1952年、DSM-5は2013年に刊行)。19世紀初め、クレぺリンに批判されるまで精神病は単一疾患とされたのに対し、DSM-5は精神疾患を22ものDisorder(障害群)に分けています。この本(精神医学の歴史、新版、文庫クセジュ)の著者オックマン氏によれば、DSMはその簡潔さ、利用上の簡便さで、クレペリン的な分類の発想を遥かに超え、全世界に広まりました。一方「DSMには、保険会社や製薬会社の要請が強く反映されている」と批判もあります。また薬物の目覚ましい発展とDSMにより、医師が患者との対話よりも薬物治療を選ぶようになり、精神分析など人間的な方法の人気が下がり、精神医学の面白みが減り、精神医学を志す医学生が減少する傾向も指摘されています。\n\n2) メンタルヘルス\n さて、薬物によって多くの精神障害の症状がコントロールされる一方で、日々の生活でのストレスから、心を病む人が増えています。かってハンス・セリエがストレスを「外界からのさまざまな刺激に対する生体の共通した(非特異的な)反応」として位置付けて以来(1936年)、この考え方は世界に拡がり、わが国でも人々の心の健康を語る必須の言葉として定着しました。\n 文部科学省による『学校における子供の心のケア』では、ストレスのサインを見逃さないために、表情・顔色・声を観察し、見たり聴いたりして確認する「日常の健康観察」の必要性を指摘しています。またトラウマ反応への対応の第一歩として「穏やかに子供のそばに寄り添う」ことの重要さを指摘しています。\n\n終わりに\n\n 誰でもいつでも、精神障害や心的外傷(トラウマ)になり得ます。「自分もそうなるかもしれない」との思いを忘れず、語り、共に考えることが大切です。\n\n この本「The reason I jump」は東田直樹さんが中学生の時に、自閉症を語った本が元になっています。当事者以外には知られていない自閉症の世界が語られることで、世界の人々が目を見開かされました。\n\nいっけん当たり前の日々の生活でも、私たちは、意外に自他の思いを知りません。「健康診断のとき(参考1)」「風邪引きや発熱など日常的な病気のとき(参考2、参考3)」「痛みや苦痛を感じたとき(参考4、参考5)」「価値観を振り返りたいとき(参考6、参考7)」など日々の生活場面で感じ考える内容や、感情表現(参考8)を可視化し、語る試みを、私はこの30年来、続けています(参考9、参考10)。これは一日の生活行動を二次元的に図示し、さらに各場面での表情を描き、交流するためのワークシート(参考11)です。\n\n 描き、語り、心や精神について、私たちの理解と共感を育て続けることが大切です。\n参考文献\n参考1 Community people\u0027s preference of hand drawn face graph as a health informing device. Tohoku U. Exp. Med. 160: 37-46.1990\n参考2 行動連鎖の可視化(前編). 理学療法 29: 1031-1039, 2012 \n参考3 行動連鎖の可視化(後編). 理学療法 29: 1145-1155, 2012 \n参考4 健康に関する認識の画像化. 医学のあゆみ 175: 150-151, 1995\n参考5 The Development of Graphic Symbols for Medical Symptoms to Facilitate Communication Between Health Care Providers and Receivers. Tohoku J. Exp. Med. 174(4):387-398. 1994\n参考6 環境観・世界観を可視化・言語化する問いかけWifyの開発. 理学療法 28:1149-1160, 2011\n参考7 Wifyによる精神性の言語化・意識化. 理学療法 28:1264-1276, 2011\n参考8 アナログ画による感情と心の可視化 理学療法 29: 1260-1270, 2012\n参考9 対話からの地域保健活動-健康教育情報学の試み. 篠原出版 1991\n参考10 感性・五感の可視化 理学療法 29: 1391-1401, 2012\n参考11 生活と健康の可視化・言語化. 理学療法 28:1505-1519, 2011\n\n\nキーワード\n精神保健歴史、古代ギリシャ、ヒステリー、迷信的理解、精神科医ピネル、患者を解放、野蛮な療法、単一精神病説、無意識発見、精神療法、フロイト、神経症分類、クレペリン、精神疾患分類記載、社会復帰、病院収容所化、ロボトミー手術、優生思想、進化論、ホロコースト、治療共同体発想、治療実践\n古代日本、養老律令体制下、保護的対応、癩狂者、お灸と漢方薬の治療、精神病専門書、癲癇狂経験編、土田献、明治期、医制76条、癩狂院設置、精神病者監護法、私宅監置、呉秀三、日本の精神医療大転換、精神衛生法、私宅監置禁止、措置入院・同意入院制度化、精神衛生相談所設置、長期・社会的入院問題化、駐日大使ライシャワー氏障害事件、精神衛生法改正、保健所、精神衛生行政第一線機関、精神保健センター設置、宇都宮病院暴行死事件、人権軽視批判、精神保健法、社会復帰施設規定、障害者基本法、精神障害者への福祉、精神保健福祉法、障害者総合支援法、障害者自立支援法\n患者数、患者調査、一日推計患者数、入院受療率(人口10万対)、多い精神病床数、長い平均在院日数、精神障害者社会復帰施策、外来への移行、退院促進、統合失調症、アルツハイマー病、血管性及び詳細不明の認知症、気分障害(躁うつ病を含む)、神経性障害・ストレス関連障害及び身体表現性障害\n市町村役場、相談窓口、障害者総合支援法、福祉サービス、医療費事務、精神障害者保健福祉手帳申請、保健所、精神保健福祉センター、精神科医、精神保健福祉士、臨床心理士、保健師\n入院治療時の人権、精神科医の役割、権限逸脱、精神保健指定医、入院形態、任意入院、医療保護入院、応急入院、措置入院、緊急措置入院、自傷他害のおそれ、精神医療審査会、各都道府県第三者機関\n地域での生活支援、社会復帰支援、措置的福祉、契約的福祉、障害者総合支援法、介護給付、訓練等給付、地域生活支援事業、精神障害者保健福祉手帳、精神科デイケア、社会復帰支援プログラム、社会生活技能訓練、アウトリーチ、セルフヘルプグループ\n学校での精神障害、発達障害、自閉症、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、発達障害者支援法\n\n現代の課題、ICD-10、DSM-5、22Disorder(障害群)、メンタルヘルス、ハンス・セリエ、ストレス、学校における子供の心のケア、日常の健康観察、トラウマ反応", "subitem_description_type": "Other"}]}, "item_3_heading_17": {"attribute_name": "見出し", "attribute_value_mlt": [{"subitem_heading_banner_headline": "公衆衛生マイクロレクチャー ; 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精神保健福祉
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主題 | normalization | |||||
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作成者 |
守山, 正樹
× 守山, 正樹 |
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内容記述 | 皆さんこんにちは。今回のテーマは精神保健(精神保健福祉)です。これまで学んだ環境・生活習慣病・高齢化・介護などのテーマでは、20世紀後半に問題が深刻化しました。一方、「隔離や拘束の是非」「虐待」「同意か措置か」「病院から地域へ」など、精神保健の問題には数世紀以上にわたる背景があります。 1 精神保健の歴史、西欧 古代ギリシャ時代 古代から知られていた精神病としてヒステリーがあります。当時は迷信的理解が中心で、ヒポクラテスでさえ「子宮が女性の喉元にまで達し窒息やけいれん発作を起こすのがヒステリー」と考えていました。 18~19世紀初め この絵には、迷信に支配され精神病者が悲惨な状態にいた時代が終り、精神医学が生まれた18世紀末、フランスの精神科医ピネルが患者を鎖から解放した様子が描かれています。ピネルは精神病者も理性を持つと考え、彼らを監督し励まし経過を見守り、野蛮な療法(冷水風呂等)を避けました。 隔離の考え方 : ピネルは「患者が自身を解放できる隔離・監視された空間」を重視し、また弟子のエスキロールは「精神病の原因と結果の関連を断ち切る方法」「家族や周囲と患者との新たな関係を構築する契機」として、隔離を位置づけました。これらの発想は19世紀、社会秩序優先の発想に変容し、一部は改悪され20世紀のナチズムなど全体主義的統制に移行しました。 病態の考え方: 当時精神病は原因が不明な一方で、遺伝するとの見方が強まり、また精神病が単一の疾患だという考え方が信じられてました。 治療の考え方: 当時の精神科医の対応は「患者の空想や熱情的傾向と向き合う」「まず患者の気持ちを鎮める」等多様でした。野蛮な冷水風呂も当時は「病む精神の状態を患者自らが打ち破る刺激」でした。精神病者を病的考えから引き離そうと仕事・食事・余暇活動・文化活動等の治療応用が始まりました。 19世紀半ばから20世紀初頭 暗示や催眠術の治療が流行し、無意識が発見され、精神療法が生まれました。 「単一精神病説」が消え「精神病には複数の形がある」との説が現れ、フロイトは神経症を分類し、クレペリンは精神疾患を分類・記載しました。 患者同士の結婚から形質が劣化する等、原因を遺伝に帰す説も拡がりました。回復期患者の社会復帰が進む一方、退院できない患者で病院が収容所化する傾向も進みました。 20世紀前半 「痙攣誘発の薬物注射/電気ショック」「脳の前頭葉でのニューロンの病理的連結の切断手術:ロボトミー」等当初は賛同やノーベル賞受賞までありましたが、やがて廃止されました。 「病的素因の遺伝→社会への悪影響→排除!」など優生思想に進化論(ダーウィンによる)が歪んだ形で結合し、極論「国家が障害者を自然淘汰する」が拡がり、ナチス・ドイツの虐殺(ホロコースト)に帰結しました。 20世紀後半 第二次世界大戦後、ナチスの大量虐殺が告発され、新たな動きが始まりました。 欧米で、精神病院の塀が壊され鉄格子が除かれ、患者が尊重される環境が生まれました。治療共同体の発想が進み、イギリスでは、社会生活学習の観点から感情表現や対人葛藤の制御が重視され、フランスでは、精神分析の影響を受けた治療実践が広がりました。 2 精神保健の歴史、日本の場合 古代から日本では精神疾患を病と捉え、養老律令による体制下「癲狂(テンオウ/テンキョウ):狂気・てんかん・精神障害を意味する」は保護的な対応がなされました。 11世紀、後三条天皇内親王女の精神障害が、京都の寺で井戸水の灌滝と参籠により治療され、14世紀、「癩狂者(ライキョウ/タブルルヤマイ):てんかん・狂気を意味する」へのお灸と漢方薬の治療が始まりました。 その後1819年には日本最初の精神病専門書、癲癇狂経験編(テンカンキョウケイケンヘン)を土田献がまとめました。 明治期: 1874年、日本初の近代的医療制度の法律「医制76条」が公布され、癩狂院(精神病院)の設置も言及されました。精神障害者についての日本初の法律は「精神病者監護法」1900年、地方長官(現在の知事)の許可を得て、精神病者監護の責任者(家族!)が「精神障害者を私宅に監置できる」としました。 呉秀三は当時、全国各地の私宅監置を視察し、欧米に比べて悲惨な精神障害者の状況を「精神病者私宅監置の実況及びその統計的観察」にまとめました。1919年、精神病院法ができ、公立の精神病院設置が可能となる一方、国の予算不足で私宅監置は続きました。 戦後: 日本の精神医療の大転換は太平洋戦争後です。欧米の考え方が導入され、精神衛生法1950年ができ、精神病者監護法や精神病院法は廃止、私宅監置は禁止されました。都道府県に公立精神病院設置が義務づけられ、措置入院や同意入院が制度化され、都道府県に精神衛生相談所の設置が始まりました。 1955-70年: 多くの民間精神病院が新設され、閉鎖・拘束性の強い民間病院への依存が強まりました。薬物療法は始まりましたが症状改善後も退院が進まず、長期・社会的入院が問題化しました。 1964年、精神障害の少年による米国の駐日大使ライシャワー氏の障害事件が起き、精神障害者の管理・医療が問題化し、1965年、精神衛生法が改正されました。保健所は精神衛生行政の第一線機関とされ、保健所等を支援指導する技術的中核機関として、都道府県に精神保健センターの設置が始まりました。 1984年、宇都宮病院で看護職員による入院患者の暴行死事件がおき、国内外から人権軽視が批判され、精神障害者の人権擁護、社会復帰促進をうたった精神保健法1987年ができました。社会復帰施設が規定され復帰が始まりました。 1993年、障害者基本法が成立し、精神障害者も障害者の中に含める考え「精神障害者への福祉」が法的に明示されました。2年後には精神保健法も改正され精神保健福祉法(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)1995年となりました。 現在、精神障害者の医療や保護を規定する法律は「精神保健福祉法」です。社会復帰や自立の支援も本来この法律が目指すところですが、近年、精神・身体・知的など障害を区別せず、全体として支援する考え方が一般化する中で、精神障害者の社会復帰や自立の部分の多くは、障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)(2013年に障害者自立支援法を改正)に移行しました。 3 統計からみた精神障害 患者数: 厚生労働省が3年毎に行う患者調査 (2011年)によると、精神科医療は入院患者が外来患者より多いという特徴を持ち、一日推計患者数は入院が28.2万人、外来が22.1万人です。入院受療率(人口10万対)は精神疾患(225)と循環器系疾患(200)やガン(120)よりも高い値になっています。 背景には欧米と比較して34.3万床(2012年)と多い精神病床数や、一般病床と比較して10倍以上の長い平均在院日数292日がありますが、近年の精神障害者社会復帰施策により、入院から外来への移行や退院促進が進められています。 疾患別の構成割合: 患者調査(2011年)によると、入院では統合失調症53.9%、アルツハイマー病12.7%、血管性及び詳細不明の認知症12.1%の順です。外来では気分障害(躁うつ病を含む)28.0%、統合失調症22.8%、神経性障害・ストレス関連障害及び身体表現性障害17.8%の順です。 4 地域での相談窓口と専門機関 さて現在は、身近な市町村役場にも精神保健福祉の相談窓口がある拓かれた時代になりました。 市町村は、障害者総合支援法による福祉サービスの相談指導、入院や通院の医療費の事務、精神障害者保健福祉手帳申請の事務も行い、社会復帰や自立と社会参加への支援を進めています。 地域の公衆衛生活動・精神保健の中心、保健所は、精神保健福祉の実態把握や相談、訪問指導などを行います。 保健所を技術面で指導援助するのが、精神保健福祉法が定める精神保健福祉センター、各都道府県に1カ所あります。精神科医、精神保健福祉士、臨床心理士、保健師などの専門職員が、教育研修・調査研究等を行っています。 5 入院治療時の人権 精神障害者が犯罪者のように扱われたり、精神科医の役割(精神鑑定や裁判への関与)が権限逸脱と批判される等の問題は、西欧では18世紀以前からありました。現在、わが国では精神保健福祉法が以下のように定めています。 精神保健指定医(以下、指定医): 指定医は、強制的な入院や行動制限の要否を判断し、患者の人権擁護に大切な存在です。臨床経験5年以上(精神科3年以上を含む)で、研修を終え、ケースレポートが適切とされた医師が指定されます。 入院形態: 精神障害者の入院には5つの形態があります。 ①任意入院:患者本人の同意による自発的な入院で、入院全体の半数強を占めます。本人に病識がなく同意が得られない場合は以下の強制的入院となります。 ②医療保護入院:保護者の同意がある場合。 ③応急入院:急を要し保護者の同意が得られない場合。 ④措置入院:指定医2名以上が診察し、入院させなければ自傷他害のおそれがある場合。 ⑤緊急措置入院:自傷他害のおそれがあり、急な入院が必要な場合。 精神医療審査会: 各都道府県にある第三者機関、精神医療審査会は「措置・医療保護入院の要否」「入院患者の退院や処遇改善請求」を審査します。 6 地域での生活支援 1) 社会復帰支援の福祉サービス(介護・生活援助・自律訓練等) 社会復帰支援は、福祉の考えで行われますが、旧来の措置的な福祉ではなく、契約的な福祉が中心で、内容は障害者総合支援法が定めています。同法では、身体・知的・精神の3障害を持つ者が、どの障害でも必要な福祉サービスを得られる仕組みを作り、市町村がサービスを提供します。 福祉サービスには、介護給付、訓練等給付、地域生活支援事業があります。 2) 精神障害者保健福祉手帳 精神障害のため長期にわたり生活上の制約があることを認定する制度です。手帳は市町村の窓口で申請でき、3等級があります。手帳があると福祉の手続きが簡素化され、税の優遇や公共料金割引が受けられます。 3)その他の社会復帰支援活動: 精神科デイケアは精神科医療機関で行われる社会復帰支援プログラムです。 社会生活技能訓練(SST: Social Skills Training)は、障害者が日常生活の困難を乗り越えるために、生活技能の訓練を行い、患者の技能と能力を高め、社会復帰を目指すものです。 アウトリーチは、未治療・治療中断の人に対し、専門職がチームを組んで訪問支援を行うものです。 セルフヘルプグループは、障害からの回復や障害と共に生きることを目指してグループを作り、互いに支え合う活動です。アルコール・薬物の乱用依存のほかに、摂食障害、うつ病等でも行われています。 7学校での精神障害 近年、子供の精神病や発達学習の障害に関して、多様な病態が明らかになり、学校での取り組みと治療を結びつける動きが強まっています。発達障害には、自閉症、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、などが含まれ、多くは小学校低学年で発現します。発達障害者支援法2005年により、様々な施策が行われています。 8 現代の課題 1) 精神医療 精神疾患の診断や分類は「ICD-10:国際疾病分類第10版」や「DSM-5:精神疾患の診断と統計のための手引き第5版」で行われます。統計を取る際はICD-10が、臨床ではDSM-5がよく用いられます。 DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)はアメリカ精神学会による精神疾患の診断基準書です(DSM-1は1952年、DSM-5は2013年に刊行)。19世紀初め、クレぺリンに批判されるまで精神病は単一疾患とされたのに対し、DSM-5は精神疾患を22ものDisorder(障害群)に分けています。この本(精神医学の歴史、新版、文庫クセジュ)の著者オックマン氏によれば、DSMはその簡潔さ、利用上の簡便さで、クレペリン的な分類の発想を遥かに超え、全世界に広まりました。一方「DSMには、保険会社や製薬会社の要請が強く反映されている」と批判もあります。また薬物の目覚ましい発展とDSMにより、医師が患者との対話よりも薬物治療を選ぶようになり、精神分析など人間的な方法の人気が下がり、精神医学の面白みが減り、精神医学を志す医学生が減少する傾向も指摘されています。 2) メンタルヘルス さて、薬物によって多くの精神障害の症状がコントロールされる一方で、日々の生活でのストレスから、心を病む人が増えています。かってハンス・セリエがストレスを「外界からのさまざまな刺激に対する生体の共通した(非特異的な)反応」として位置付けて以来(1936年)、この考え方は世界に拡がり、わが国でも人々の心の健康を語る必須の言葉として定着しました。 文部科学省による『学校における子供の心のケア』では、ストレスのサインを見逃さないために、表情・顔色・声を観察し、見たり聴いたりして確認する「日常の健康観察」の必要性を指摘しています。またトラウマ反応への対応の第一歩として「穏やかに子供のそばに寄り添う」ことの重要さを指摘しています。 終わりに 誰でもいつでも、精神障害や心的外傷(トラウマ)になり得ます。「自分もそうなるかもしれない」との思いを忘れず、語り、共に考えることが大切です。 この本「The reason I jump」は東田直樹さんが中学生の時に、自閉症を語った本が元になっています。当事者以外には知られていない自閉症の世界が語られることで、世界の人々が目を見開かされました。 いっけん当たり前の日々の生活でも、私たちは、意外に自他の思いを知りません。「健康診断のとき(参考1)」「風邪引きや発熱など日常的な病気のとき(参考2、参考3)」「痛みや苦痛を感じたとき(参考4、参考5)」「価値観を振り返りたいとき(参考6、参考7)」など日々の生活場面で感じ考える内容や、感情表現(参考8)を可視化し、語る試みを、私はこの30年来、続けています(参考9、参考10)。これは一日の生活行動を二次元的に図示し、さらに各場面での表情を描き、交流するためのワークシート(参考11)です。 描き、語り、心や精神について、私たちの理解と共感を育て続けることが大切です。 参考文献 参考1 Community people's preference of hand drawn face graph as a health informing device. Tohoku U. Exp. Med. 160: 37-46.1990 参考2 行動連鎖の可視化(前編). 理学療法 29: 1031-1039, 2012 参考3 行動連鎖の可視化(後編). 理学療法 29: 1145-1155, 2012 参考4 健康に関する認識の画像化. 医学のあゆみ 175: 150-151, 1995 参考5 The Development of Graphic Symbols for Medical Symptoms to Facilitate Communication Between Health Care Providers and Receivers. Tohoku J. Exp. Med. 174(4):387-398. 1994 参考6 環境観・世界観を可視化・言語化する問いかけWifyの開発. 理学療法 28:1149-1160, 2011 参考7 Wifyによる精神性の言語化・意識化. 理学療法 28:1264-1276, 2011 参考8 アナログ画による感情と心の可視化 理学療法 29: 1260-1270, 2012 参考9 対話からの地域保健活動-健康教育情報学の試み. 篠原出版 1991 参考10 感性・五感の可視化 理学療法 29: 1391-1401, 2012 参考11 生活と健康の可視化・言語化. 理学療法 28:1505-1519, 2011 キーワード 精神保健歴史、古代ギリシャ、ヒステリー、迷信的理解、精神科医ピネル、患者を解放、野蛮な療法、単一精神病説、無意識発見、精神療法、フロイト、神経症分類、クレペリン、精神疾患分類記載、社会復帰、病院収容所化、ロボトミー手術、優生思想、進化論、ホロコースト、治療共同体発想、治療実践 古代日本、養老律令体制下、保護的対応、癩狂者、お灸と漢方薬の治療、精神病専門書、癲癇狂経験編、土田献、明治期、医制76条、癩狂院設置、精神病者監護法、私宅監置、呉秀三、日本の精神医療大転換、精神衛生法、私宅監置禁止、措置入院・同意入院制度化、精神衛生相談所設置、長期・社会的入院問題化、駐日大使ライシャワー氏障害事件、精神衛生法改正、保健所、精神衛生行政第一線機関、精神保健センター設置、宇都宮病院暴行死事件、人権軽視批判、精神保健法、社会復帰施設規定、障害者基本法、精神障害者への福祉、精神保健福祉法、障害者総合支援法、障害者自立支援法 患者数、患者調査、一日推計患者数、入院受療率(人口10万対)、多い精神病床数、長い平均在院日数、精神障害者社会復帰施策、外来への移行、退院促進、統合失調症、アルツハイマー病、血管性及び詳細不明の認知症、気分障害(躁うつ病を含む)、神経性障害・ストレス関連障害及び身体表現性障害 市町村役場、相談窓口、障害者総合支援法、福祉サービス、医療費事務、精神障害者保健福祉手帳申請、保健所、精神保健福祉センター、精神科医、精神保健福祉士、臨床心理士、保健師 入院治療時の人権、精神科医の役割、権限逸脱、精神保健指定医、入院形態、任意入院、医療保護入院、応急入院、措置入院、緊急措置入院、自傷他害のおそれ、精神医療審査会、各都道府県第三者機関 地域での生活支援、社会復帰支援、措置的福祉、契約的福祉、障害者総合支援法、介護給付、訓練等給付、地域生活支援事業、精神障害者保健福祉手帳、精神科デイケア、社会復帰支援プログラム、社会生活技能訓練、アウトリーチ、セルフヘルプグループ 学校での精神障害、発達障害、自閉症、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、発達障害者支援法 現代の課題、ICD-10、DSM-5、22Disorder(障害群)、メンタルヘルス、ハンス・セリエ、ストレス、学校における子供の心のケア、日常の健康観察、トラウマ反応 |
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出版年月日 | ||||||
日付 | 2016-08-24 | |||||
日付タイプ | Issued | |||||
権利 | ||||||
権利情報 | ©2016 守山正樹 | |||||
関連サイト | ||||||
識別子タイプ | URI | |||||
関連識別子 | https://social-med.blogspot.com/2014/12/ph18-dsm-5.html | |||||
関連名称 | 公衆衛生マイクロレクチャー(守山正樹) | |||||
フォーマット | ||||||
内容記述タイプ | Other | |||||
内容記述 | video/mp4 | |||||
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内容記述タイプ | Other | |||||
内容記述 | application/pdf | |||||
著者版フラグ | ||||||
出版タイプ | AM | |||||
見出し | ||||||
大見出し | 公衆衛生マイクロレクチャー ; PH18 | |||||
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大見出し | Public health micro lectures ; PH18 |